多賀城跡とその周辺?その2
陸奥総社宮は、8世紀大和朝廷が多賀城に設置した陸奥国府に属する総社で、陸奥国の延喜式内社100社を合祀したものです。当時、都から赴任してくる国司が自ら祭司となって祭りを執り行ったという。現在の建物は日吉造りで享保年間のものです。塩釜市にある陸奥国一ノ宮である塩竃神社に詣でる前には必ず参拝しないと、神の加護が得られないといわれています。
安産守護、海上安全などの神として崇拝されています。また、多賀城廃寺跡は、多賀城跡とともに「特別史跡多賀城付近跡」と総称される遺跡の一つになっています。多賀城国府の鎮護、東北地方の繁栄、国家の安泰などを祈念するため、官立寺院として奈良時代に建立されたといわれています。
東北歴史博物館には、旧石器時代から近代までの東北地方全体の歴史や多賀城政庁の資料などを展示する「総合展示室」、子供でも楽しく歴史が学べる「子供歴史館」などがあります。そのほか、敷地内には江戸時代中期の民家「今野家住宅(宮城県指定有形文化財)」も石巻市から移築復元され、農家の暮らしぶりを再現していますし、年3回程度特別展示、テーマ展示もされており、ここでは池を眺めながらレストランで食事も楽しめます。