仙台銀座の今昔
仙台駅から南町通りを西に向に向かって歩くと、左手にあるのが「仙台銀座」です。ビル街の路地裏に20軒ほどの飲食店が立ち並んでいるこの街は、夕方になると馴染み客で賑わいを見せます。ここは、昭和20年に仙台空襲に遭い、焼け野原になったところですが、戦後、大陸から引き揚げてきた人たちがバラックを建てて商売を始めたところです。
何でもそろう便利な街である東京の「銀座」にあやかりつけられた名前が、「仙台銀座」だったというわけです。ようやく活気を見せはじめた矢先の昭和27年1月、大火災が発生し、仙台銀座は殆ど焼失してしまいました。その後、鉄筋コンクリートの建物が建ち、漆器店、印房、菓子店などが立ち並び始め、再び復興の道を歩み出しました。
現在は、飲食店が大半を占めるため、夕方に通ってくる店主も多いとのことで、ここに住んでいる方は7世帯です。仙台駅や朝市にも近いので、生活するには便利な場所なのですが、商売はたたんでしまった人もいます。戦後、飲食街として活気にあふれた「仙台銀座」は、飲食店街の発祥の地と言われていますが、その後、文化横丁、稲荷小路、国分町へと広がっていきました。