神道とは?
神道とは、「身の回りのものすべてに神様が宿るとする文化」と言ってもいいでしょう。山の神、海の神、火の神に風の神など、いわゆる八百万の神という自然信仰です。自然は言葉を持ちませんから、視覚や聴覚、触覚といった五感を通して人間自身が感じ取り、一人ひとりがそこに「神」を見出します。本居宣長も書いているように日本人にとっては、畏れ敬うものすべて「神」ということ。現代風に言えば、「ありえねー!」「めっちゃすげえ」「信じられない!」と、感嘆表現されるものすべての総称が「神」ともいえます。とはいえ「すごい」と同時に万能でないのが、日本の「神」の特徴です。たくさんの神様がいるので、それぞれがそれぞれのできることをする。助け合って生きています。
日本の神話である古事記の物語も同様で、すべての神様が未熟で失敗ばかり。それでもみんなで助け合い、前向きに生きることで成長していく姿をあけすけに描かれています。川のことを山の神様はできないし、山のことを縁結びの神様にお願いしても不得意なのはあたりまえ。だから全知全能ではなく、多くの神様が助け合い、人間を助けてくれる。みんなで力を合わせて生きているのです。考えてもみてください。日本にはコンビニの数より多くの神社がありますが、その神社によって神様が違うなんて他の宗教ではあり得ないことです。これが日本人の「神」に対する概念でしたから、こんなことも起こってしまいます。
かつて日本に訪れたイエズス会の宣教師ザビエルは、彼の奉ずるGODを日本人にどのように伝えるかで大変苦労したそうです。宣教師たちにとってGODとは、万物の創造主であり、完全無欠の存在。一方、日本人にとっての神様は、身の回りで守ってくれる八百万の存在すべて。だけど「目に見えない」「畏れ多い」という共通項で、なんとなく会話が成立してしまった。そこからずれ違いが始まったと言われているのです。キリスト教の宣教師にとっては創造主を不完全な神と一緒にされたのが嫌だったようですが、かつての日本人には創造主という概念自体がなかったのですから、こればかりは仕方がないと言えるでしょうね。ですから当然、神様の性格も様々。そんな神様にも、一年のご挨拶に伺いましょう。