神道と仏教の違い(その2)
では仏教とはどんなものか? お葬式やお墓まいりという「死んだ人の供養」というイメージが強いかもしれませんね。ですが、実は仏教の本質は生きている人間のためのもの。「幸せに生きる」。これこそ仏教の本質といえるでしょう。お寺で上げてもらうお経だって、実は死んだ人のためではなく、生きている参列者に向けてお釈迦様が弟子たちに伝えた「幸せに生きる方法」を説いているものです。ですからお寺に初詣に出かけ、1年の幸せを願うのは理に適ったことなのです。ここで仏教の開祖・お釈迦様について少しお話ししましょう。お釈迦様は今から2500年前にインドの北部を治める釈迦族の王子として生まれました。生まれた日が4月8日だったことから、今でもこの日を「花まつり」と呼んで、お寺でお祝いをするのをご存知の方も多いと思います。
お釈迦様が12歳になった時にきっかけは訪れました。小さな虫を小鳥が食べ、その小鳥を大きな鳥が食べるのを目撃し、「この世に生きるための意味」を考えるようになりました。そして、老い、病気、死という共通の苦悩から逃げて幸せに生きるための術を模索するために29歳で出家し、厳しい修行の道に入られました。そして出家から6年後の12月8日、ついに悟りを開くことに成功したのです。座禅をして悟りを開いたため今でもその日は成道会と言って、多くのお寺で座禅会が行われます。そうやって厳しい修行を積み、悟りを開いたお釈迦様が得た教えこそが仏様の教え、仏教となるわけです。その仏様は、お経の中で活躍する登場人物に相当します。つまり、厳しい修行を積むお釈迦様の姿そのものということ。
そして登場するときの役割によって姿が違うのも、大きな特徴のひとつ。グループ分けすると「如来」「菩薩」「明王」「天部」の4つに分けられます。如来は悟りを開いたお釈迦様の姿。悟りを開いたため、衣を纏っただけの簡素な姿なのが特徴です。菩薩は、お釈迦様が悟りを開くための修業をしているときの姿。まだ王子だった時代なので、冠をかぶったり首飾りなどの装飾品を身につけているのが特徴です。明王は、密教独特の仏様。如来や菩薩が優しい言葉で教えても受け入れないひねくれものを救済するために、憤怒の表情で現れます。天部は、古代インドの神々が仏教に取り入れられたもので、天に住み仏教の守護を担う。そのために外敵と戦うための武器を持ち、鎧を身につけているものも多いです。そんな仏様にご挨拶に行ってみましょう。