用意周到なお母ちゃん
お母ちゃんは、海外旅行に出かける時はいつも特大のキャリーツケースもっていきます。みんなにお土産を買ってくる都合もあるのでしょうから、それは理解できますが、最近では1泊泊まりの小旅行でも結構大きめのキャリーケースを車に積み込みます。オヤジはキャリーケースとかショルダーバッグのような類のものは、どんなに勧められても取り入れることはありません。それにはたいした理由があるわけではありません。強いて言えば、キャリーバッグをもった人が近くにいると、いつも迷惑に感じることが多いため、どうしても、罪のないキャリーバッグに悪い印象を持ってしまう。つい最近も、駅の改札口付近で、若い女性がもった大きなキャリーケースが足に当たり、痛い思いをしました。でも、その女性はこちらをジロリとにらみ、「私のキャリーケースを蹴ったのはあなた?」といわんばかりに、睨みつけられル始末。自分は人の前を通り過ぎても、キャリーケースはまだ通り過ぎていませんよ!と、心の中で叫ぶのが精一杯でした。お母ちゃんも、こうした無作法な人には憤りを覚えるようですが、キャリーケースの問題ではないと割り切っているのでしょう。
お母ちゃんの荷物は何しろ多い。何かの事情で行く先がエベレストに変更になっても、すぐに対応できるように、必要と思われるものはとりあえず詰め込む。ケースの中に入り切れないと見るや、またやり直す。はた目にはなんて非効率なことをしているだろう、と見えるかもしれないが、当のご本人にしてみれば大真面目で、いざというときに後顧の憂いがないようにという配慮なのでしょう。オヤジはそれをわかっているから、敢えて何も言わないようにしているのでしょうが、実は別の理由もあるようです。旅行好きのお母ちゃんにとっては、準備をすることも旅の楽しみの一部なのです。つまり、準備を始めたときから旅行が始まっているということのようです。そう言われてみれば、ボクも同じような思いで心の準備することがありますから、おかあちゃんの思いも少しはわかるような気がします。でも、そうやってせっかく用意したのに、いざホテルに着くと、「車において来ちゃった」ということも結構ありますし、部屋までもっていったのに、面倒だからといって、使わなかったり、食べなかったりすることもよくあります。そういうところを見ると、オヤジの言うように、準備をすることが楽しいというのが正解なのかもしれません。
お母ちゃんの名誉のために申し上げておきますと、そこの誰かのように、手あたり次第ケースに詰め込むというのとはまったく違います。お母ちゃんの場合、海外旅行を始め国内旅行の経験も豊富なため、旅行というと、あらゆるシーンが頭をよぎり、「あのときは、あれがなくて不便を感じた」などということも多かったという反省から、今のような準備スタイルが生まれたようです。でも、一泊旅行でこの荷物とはちょっと大げさな気がします。それでも、「お風呂は好きだけど、温泉は嫌い」というオヤジの重い腰上げさせるのも一苦労でしょうから、そのためにも、不便を感じさせないように用意万端整えておくというのがお母ちゃんの心意気なのかもしれません。また、昨今の台風や大雨による被害を目の当たりにするにつけ、お母ちゃんの過剰な準備を冷かしているボクの方が間違っているのかもしれないとちょっぴり反省しています。東日本大震災を経験した地域の人々は、常日頃の備えの大切さを嫌というほど思い知らされたはずなのに、喉元を過ぎるとすぐに備えを忘れてしまう。そうした点でも、お母ちゃんは、懐中電灯や灯油、水、非常食などをストックしておいてく用心を実践しているわけですから、楽しみにしている旅行の準備だけに気を配っているわけではないことに気がつきました。