山形蕎麦と炙りの焰蔵
山形県庄内地方の名物とされる「麦きり」。捏ねた小麦粉を伸ばして切ることに由来して名付けられたその麺は庄内地方ではお目出たい席の後に食べられる縁起ものとして、古くから多くの人に愛されている。そんな麦きりを宮城で食べられる店がある。山形蕎麦と炙り料理で人気を博す「焰蔵」。山形蕎麦をはじめ、東北の食材と季節の旬素材をいかした和食メニューが豊富に揃う。麦きりの生地は、讃岐うどんのように足踏みすることはないものの、丹念に手捏ねした後の寝かせに丸二日を要する。焰蔵の麦切り刃、小麦粉にタピオカの粉が1割ほどブレンドされている。弾力をもちながらツルツルと気持ちがいいほどに口中に滑り、しなやかな食感は実にエレガントだ。
つゆのだしには、ソウダガツオとマグロの削り節に加え、昭和37年創業の鰹節問屋マルサヤの「本枯本節二年物」が使われている。薬味に「からし」と「生姜」が付いてくるのだが、山形県ではうどんを辛子で食べるという風習があるのだという。その絶妙な味わいたるや、隣県だけの食文化にしておくのはもったいないほどの相性の良さである。店主の矢島克彦さんは、山形県鶴岡市出身。東京の名だたるレストランで修業を積んだ後、2009年6月に焰蔵一号店を一番町にオープンさせた。「それまでも山形の食材や文化を伝えたいとは思っていました。でも、震災の際、自分が命をつなぐ食べ物を何一つ作れないと知ったとき、生産者の苦労を理解せずには何も語れないと思いましたね」。
矢島さんの生産者を大切にする思いはメニューの随所に現れている。「冷たい肉麦きり」で使われている葱もその一つ。山形県天童市で造られるブランド野菜「寅ちゃん葱」を使い、「初代葱師」とよばれる清水寅さんの才能を、矢島さんは心から讃えている。辛味のない繊細にして優美なその葱を、雪室のようにたっぷりと盛った肉麦きりは、当店夏一番の人気メニュー。親鶏の胸肉とモモ肉をだし汁と一緒に煮込んだ淡麗スープはほどよく冷えて、つるつるとした麦きりにこれでもかというほどからみつく。店内に流れる津軽三味線の音色も手伝い、食べながらにしてどこか勇ましい気分になるのは、矢島さんがもつ信義と礼儀を重んじる「武士道」の表われにほかならない。