わが家の十戒
探偵小説十戒というのがあります。これは、『陸橋殺人事件』などで知られるイギリスの推理作家、ロナルド・ノックスが1928年に「The Best of detective stories of the year1928(邦題『探偵小説十戒』)」で発表した10のルールで、次のようなものです。
1.犯人は物語の始めに登場していなければならない
2.探偵方法に超自然能力を用いてはならない
3.犯行現場に秘密の抜け穴・通路が2つ以上あってはならない
4.未発見の毒薬や、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない
5.中国人(並外れた身体能力を持つ怪人)を登場させてはならない
6.探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない
7.変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない
8.探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない
9.「ワトスン役」は自分の判断をすべて読者に知らせなくてはならない
10.双子や変装による一人二役はあらかじめ読者に知らせなければならない
1.については、犯人が物語の最後に登場したのでは、読者が推理をする余地がないかでしょう。2.は、推理ではないので当然でしょう。3.の「抜け穴・通路」についても同じことで、これが多すぎると推理の組み立てが理にかなったものにならないからだと解釈できます。4.も推理の対象ではないので当然です。面白いのは5.でなぜ中国人なのかです。これは中国人が論理的ではないということではなく、「白髪三千丈」などの表現のように「誇張した言い回し」が多いためか、人間離れした超能力者が度々登場するので、推理小説の搭乗者として馴染まないという意味でしょうか。6.は、2.や3.4.と同じで推理で解ける問題ではない。7.は、推理小説の性質から考えれば頷けますね。つまり、読者は探偵と推理を競うものですから、探偵自信が犯人かもしれないという疑問を持たなければならないとしたら、小説の面白さがなくなってしまう。8.は、推理小説が読者との知恵比べであるのでフェアではない。9.は、「ワトソン役(探偵)」は、推理した科学的な根拠を知らせなければ、読者を納得させられない。10.は、1.と同じで、探偵や読者が推理する前提を共有しなければ意味がない。
上記のように、推理小説では、探偵も読者もよく考えれば辿り着けそうな結末をより迅速にかつ、鮮やかに解き明かすことが売りである。そのため、一読者としては、別の解もあったのではないかと首を捻る場合もあり得る。しかし、そこは小説の世界、作者の思考力に敬意を表したい。ここが自然科学と社会科学の違いで、人間の奥深さの象徴とでもいうべきものなのかもしれません。ところで、わが家にも、十戒ならぬ「誤解(五戒)」という不文律があります。それは、1.失敗したことを叱責されても、決して謝ってはいけない。2.食べ過ぎて体重が増えても、食べさせた方の責任であると主張する。3.お金が無くなったら死んだふりをする。4.早寝早起きは、壱文の得にもならない。4.勉強をすると頭が悪いと思われるから、決してしてはいけない。5.普段は金持ちのように振舞い、寄付金集めが来たら、途端に貧乏人のふりをしろ。今のところ、この「誤戒」は「正戒」として機能しているというが、そろそろ改定しなければならないとボクはオヤジに進言しています。ところが、オヤジは、この裏にこそ奥深い真実が隠されているからこそ、このきつい戒めを、みんなが忠実に守っているのではないか? などと嘯いて(うそぶいて)います。