旧有備館及び庭園
大崎市岩出山は伊達政宗が12年間過ごした城下町で、「伊達な小京都」とも呼ばれています。政宗が仙台に移ってからは、四男宗泰が岩出山伊達家として治めました。岩出山伊達家3代敏親、4代村泰の妻が京都冷泉家出身だったことから、現在も随所に京文化のなごりを残しています。その中でも「伊達な小京都」の象徴とされるのが、国指定史跡及び名勝「旧有備館及び庭園」です。
有備館の主屋は岩出山伊達家2代宗敏の隠居所として1677年に建てられ、その後下屋敷岩出山伊達家の家臣子弟の学問所などとして使用されました。この主屋とともに国の史跡名勝の指定を受けている回遊式池泉庭園は4代村泰の時代に整備されたとされています。いずれも、1970年に伊達家から旧岩出山町に移管され、桜やツツジといった花の名所として親しまれています。
旧有備館及び庭園は、東日本大震災で大きな被害を受け、中でも主屋は33本の柱のうち30本が折れて倒壊しました。復旧のためしばらく見学も制限されてきましたが、この春、主屋部分は4年越しの復旧工事が完了しました。上の間の「違い棚」など工事の過程で判明した江戸時代当時の造りも再現されています。現在、正門や建物内部の展示施設の復旧が行われており、来年3月頃には復旧工事が完了する見込みだそうです。