懐かしい里山の景色
そういえば、最近は昔のような里山の景色にはめったに出会えなくなりました。というか、里山とはいったいどんな場所なのかも忘れてしまっているような気がします。しかし、里山というイメージは漠然としたものではありますが、確かに、わたくしたちの心の中には存在し続け、私は、穏やかで温かい秋の色が似合う場所というような意味で使っています。
しかし、どこからどこまでが里山かと聞かれれば、たぶん答えられないでしょう。決してメジャーな解釈ではないと思いますが、それは体で言うと、靭帯のようなものではないかと思うのです。靭帯は、骨と筋肉の間にあり、骨よりは弱いが柔らかであり、一方筋肉よりも硬いが少し強い。里山は里のはずれにあるが、山の裾でもあるというのが理由です。
つまり、里山は里のようで里ではなく、山のようで山でもないところではないでしょうか。わが家のムサシの解釈はもっとユニークで明快です。「山から見れば里に見え、里から見れば山に見える所」。これが里山というところなのだというのです。そういわれてみれば、このグレーゾーンを定義するなどというのは、心の風景を台無しにしてしまいそうですね。