今だから話せること
そりゃぁボクだってそれなりの努力かはしましたよ。ペットショップのガラス箱の中で、ただ寝転がっているだけに見えたかもしれませんが、実は不安だらけでした。いったいボクはどんな一生を送ることになるのか、見当もつきませんでしたから。ある時、わか家の家族集団(その時はまだ他人)が突然目の前に現れ、あれこれボクたちを品定めし始めたのです。人間社会では当然のことなのかもしれませんが、ボクの意思など全くそっちのけで、あれこれ勝手なことを言った挙句、ボクを指名してくれたのでした。その決め手となったのが、ボクたちが食事をするとき、他のワンちゃんたちが先を争って食べるのに、ボクはスローペースだったので、このワンちゃんはおっとりしていていい、気に入った。そう言ってくれたのが長男の一言で、この家に引き取られることになりました。もちろん、その当時は、おおママと呼ばれる大親分で、金主元の女性も同意したことが決め手になったのでした。思えばあれから25年の月日が流れ、おおママことおばあさんとお爺さんもボクより先に亡くなりました。
みんな僕をかわいがってくれましたが、どういうわけか、オヤジだけはボクを大嫌いなのか、それとも別に何か理由があるのかは解りませんでしたが、明らかにボクを拒絶している様子でした。それがまた、いつしか相棒になり、あの世に旅立ってからも全く変わらない付き合いをしているのですから不思議なものです。今でこそ、何一つ気兼ねすることなしにこの家に住み着いて(正確には、オヤジと一体になって)いますが、当時はかなり緊張して、この家のルールを覚えようと必死だったんです。その中で一番苦労したのは、お客様が来たとき、ボクたちの最大の価値である「吠えること」を、アピールするチャンスだと思い、ありったけの声を張り上げて吠え続け、お客様を威嚇しました。それでも、オヤジとお母ちゃんは、少しも慌てず、「この人は大丈夫だから、吠えなくていいんだよ!」と優しく教えてくれたので、それを忘れないようにして、次に来たときは、吠えることはもちろん、お客様が帰るまで物音一つ立てることはしませんでした。それが習慣になると、褒められるどころか、感謝されるのが嬉しくて、ますます勉強するのが楽しくなりました。
そのことを誰よりも喜んでくれたのはお母ちゃんでした。お母ちゃんは、無類の犬好きで、嫁に来るときは、当時飼っていたワンちゃん(マルチーズ)を連れてきたいと考えていたようです。しかし、相手(今のオヤジ)の快諾が得られなかったので、実家に置いてきたという経緯がありますので、難物のオヤジをなんとか犬好きにするために、オヤジ包囲網を編成し、ジワリジワリと「犬好き」に仕立て直そうという魂胆だったようです。お母ちゃんの計略は見事に成功したというわけです。その立役者がボクということなのかどうかはわかりませんが、ボクの面倒をよく見てくれたのは確かです。オヤジはお母ちゃんほど犬好きではありませんが、ことボクのことに関しては、オヤジのほうの意識が高いように思います。なにしろ、ボクを相棒と呼び何でも相談できる間柄で、あの世に行ってもコンビは解消されることはないとオヤジは常々言っています。その思いはボクも全く同じで、この家の空気が一番おいしいし、居心地もいい。それにこれからは、オヤジとお母ちゃんの健康を守るため力を尽くしたいと願っています。