誇らしい仲間の仕事ぶり
あの東日本大震災からまだ7年半しかたっていないのに、熊本の地震や広島の水害による土砂崩れ、そして、今回の北海道胆振東部地震など数々の自然災害がたて続けに起こっています。ボクの仲間のワンちゃんたちも、元気いっぱいで被災者の救助に活躍しています。泥まみれになりながらも、瓦礫の中を駆け回り人の気配を感じとり、報告している姿はりりしくて、とても誇らしく感じます。救出された人がすでに息絶えていることを知ると、悲しんでいる様子も手に取るようにわかります。ボクも訓練は受けてはいるものの、現場での実体験がないので深いところは解りませんが、「よくやった!」と褒められるのがとても嬉しく、彼らの生き甲斐になっていることは確かです。被災者が生還できなかったとしても、ワンちゃんたちが責められるようなことないわけですが、助けることができなかったという悔しさは、表情を見ればわかります。褒められるのは嬉しいとはいうものの、褒めてくれる人も喜んでいなければ、晴れ晴れとした気持ちにはなれないはずです。
実は、ボクもこうした奉仕活動をしてみたいと思ったことはあります。それは、人の役に立てるかどうか自分を試してみたかったからです。オヤジもお母ちゃんも、ボクがそうした考えを持っていることに気づいていたようですが、ボクを危険な目に合わせたくないという思いが強いことを知っていたので、言い出すことはできませんでした。オヤジとお母ちゃんの考えは嬉しかったし、そのお陰で大過なく一生を過ごすことができましたが、テレビに映し出されるワンちゃんたちの勇姿を見ると、つい、「ムサシも一度こういう場で活躍させてみたかった」と、今になって本音を少しだけ吐露することもあります。しかし、ボクも、「何をいまさら!」とか「もっと早く言ってくれたら!」などという気にはなれません。人にはその人なりの人生があるように、ボクたちにも与えられた使命というものがあるような気がします。オヤジがクライアントと悩みを共有し、問題解決に取り組むとき、ボクもそれを手助けするという役割を担ってきましたし、これからも同じです。もちろん、それはお母ちゃんの希望でもあります。
それにしても、ボクたちの活躍の場は飛躍的に広がりました。盲導犬、介助犬、災害救助犬、山岳救助犬、麻薬探知犬、警察犬、放火探知犬、遺体探知犬、DVD探知犬、ガン探知犬、シロアリ探知犬、ハブ探知犬、トリフ探知犬、トコジラミ探知犬、考古学犬等々。このうち、ちょっと面白いのは考古学犬です。これに適した犬は、「ミガルー」という名の雑種犬で、広大な敷地の中から、約600年前の人骨をかぎ分けることができるという優れものだそうです。また、これらのほかにも、認知症の予防や回復にも一役かっているというのですから、たいしたものです。それに、昔は番犬などと称して、もっぱら有事の時に大きな声で吠える事が主な仕事でしたから、ほとんど本当の能力は認められていませんでした。しかし、近年は、ボクたちワンちゃんばかりではなく、多くの動物が家族として迎えられているのは、存在そのものに大きな意味を見出されたからに違いありません。かく言うボクもそうですが、人間と共存することで、お互いが抱えている心の隙間を埋め合う同居人として最適であると、認め合えるような存在になったからではないでしょうか。