遠刈田温泉 旅館源兵衛
遠刈田温泉は江戸時代初期の開湯と伝わり、蔵王連峰刈田岳の刈田嶺神社に参る人々の宿場町、湯治湯として賑わうようになった。旅館源兵衛は、温泉街の中心にあり、寛げる雰囲気の木造平屋の宿である。この温泉のある蔵王町には真田幸村につながる歴史が脈々と流れていた。約400年前、徳川家康と豊臣家が戦った大坂夏の陣で徳川家康の本陣を破った末に討ち死にした真田幸村。幸村の嫡男・大助(幸昌)は大坂城で豊臣秀頼に殉じたが、次男の大八と娘たちは、敵方でありながら伊達政宗に託され、重臣の片倉小十郎重長にかくまわれ、白石城で養育された。
大八は長じて片倉守信を名乗り、後に伊達家家臣となって蔵王町内に領地を与えられて暮らした。幕府から疑いをかけられた際には、仙台藩は大八の家系図を偽装してかわしたという。守信の嫡男・辰信の代わりに真田姓に戻り、仙台真田氏が誕生、現在は14代となっている。旅館源兵衛では、真田氏の歴史を身近に知る設えを施している。玄関ロビーには六文銭の飾りがある甲冑が置かれ、真田の赤備えに目を奪われる。真田氏に関する歴史資料もある。そして、客室の「真田の間・桜梅桃李」は真田氏一色の演出だ。
一対の大きな鹿の角がついた兜と鎧、具足、戦場に立つ幸村の後ろ姿を描いた3枚にわたる襖絵は迫力満点である。また数種類の陣羽織も飾ってある。宿泊客は、陣羽織や甲冑を着て館内や町中を歩くこともできる。戦国武将になったつもりで散歩すれば、旅の面白さも倍加しそうだ。歩き疲れたら、温泉で体をほぐしたい。大浴場は、まさにかけ流しで、浴槽から湯があふれるに任せている。熱めの硫酸塩・塩化物泉でゆっくりと暖まった後は、夢の中で、真田氏の数奇な歴史を辿ってみよう。