作並温泉・定義
山あいの瀬音に包み込まれる静かな湯の里。行基菩薩と源頼朝の開湯伝説が残り、いまなお深山幽玄の面影が色濃く残る。作並温泉の湯けむりと別れて、地元の人が教えてくれた通り、寄り道しながら定義如来へと向かう。温泉街から仙台方面へ約3㎞にある鳳鳴四十八滝は、広瀬川渓谷に落ちる大小さまざまな滝が山を揺るがすほどの轟音になることからこの名がつけられたという。ここには元治二年(1685)年奉納の不動明王の浮き彫り像をはじめ、幾体かの不動が祀られていて、かつて修験などの行場であったことがうかがえる。国道48号線の熊ヶ根から大倉川に沿って定義街道を上流に遡ると定義の集落があるが、大倉ダム展望台を通る道筋のため、労せずして峻厳な山並みを眺めることができる。
ここから望む広瀬川は、深い緑の覆う渓谷美を見せ、秋ともなれば全山を赤や黄色に埋め尽くし、絵になる風景を出現させる。ダム周辺は目の前の景色が語りかけてくる美しさや移ろいを率直に感じ取ることができる場所である。大倉ダム湖の岸に沿って、湖面が見え隠れする緑の街道を進むとやがて、一生に一度の大願をかなえてくれると伝えられる極楽山西方寺に辿り着く。地元では「定義さん」の呼び名で親しまれ、全国から多くの参詣者が足を運び、縁結びや子授け、安産などの御利益があるとされる。近年では若い男女の姿も少なくないというが、一心にお産の無事を祈る姿は、昔も今も変わらない。檀浦の合戦後、平重盛から阿弥陀如来の御宝軸を託された平貞能は源氏の追討を逃れ、この地に隠棲した。
その際に名前を「定義」(さだよし)と改めて御宝軸は「定義如来」と崇めたてられた。定義の死後、遺命により御宝軸を祀る小堂が立てられ、のちに西方寺となったとか。ご当地グルメに溢れた「定義さん」の門前町では、名物の三角揚げや焼きおにぎりなど買い食いが楽しい。門前町から山門をくぐると、六角形の本堂や貞能堂(御廟)、世界平和を祈願して建立された五重塔、縁結びの神木「連理のケヤキ」など見所が続き、凛とした空気の中、緩やかな時の流れと澄んだ余韻が染みわたる。養老五年(721年)、奥州巡錫中の僧、行基が温泉の湧出を発見し、地元民の人に湯浴を教えたといわれる作並温泉。こんどは錦秋の渓谷をたどり、古人の旅に思いを馳せながら、作並・定義街道を散策するのもいい。