お言葉に甘えて
だいぶ大昔の話になりますが、私の母が庭で草花をいじっていた時、通りかかった近所の人に、「お茶を入れますから一緒に飲みませんか」と声をかけられました。その時、その人が出かけてしまえば、誰も家にいなくなることを知っていたので、少し腹を立てていたことがありました。単なるリップサービスであることは明らかです。もしも、「すぐに帰ってくるので、そしたらお茶を入れますから...」というのなら別ですか。
翻って、うちのお母ちゃんの場合はちょっと違います。つい先日も、忙しそうに出かける用意をしながら、「これからおとうちゃんのおにぎりを握らなければ」とつぶやいていました。するとオヤジは、「今日は、おにぎりは握らなくてもいい。納豆やその他あるもので食べるから」と言いました。お母ちゃんは、それに対して何も応えませんでしたが、出かけた後にキチンを見ると、茶碗とヘラが置いてありました。
そうです。お母ちゃんは、見事にリップサービスをそのまま頂いてしまったのです。普通の人は、相手の言葉がリップサービスであることを悟れば、一応は辞退するのが常識だと思うのですが、わが家のお母ちゃんにとっては、それは全くの非常識なのです。折角の好意を無にするのは失礼だというわけなのでしょう。行司役のボクとしては、してやられたという顔をしているオヤジの悔しさに同情するよりも、そこまで学習したお母ちゃんに軍配をあげたいと思います。