どんなところに住んでるの?
オヤジは、自分の家のことはめったに人には話さない。その理由については直接聞いたことはないが大方の見当はつく。たぶんそれは次のような理由によるものだとボクは推察している。この家は、もともとお母ちゃんのお爺さんが建てた家だそうです。お爺さんは、多数の会社を経営していた地元の名士であったそうです。そのためか、庭の植木などは、その筋の人に羨まれるほどで、いまでもその片鱗がのこされています。ボクは、あの世に籍を置きながら、ほとんどの時間この家でオヤジとお母ちゃんと過ごしているので、あの世の町内会には殆ど出席したことがありません。それが、久しぶりに先日あちらの家にいってみたところ、ちょうど近所の寄り合いがあり、友達に促されて出席することになりました。そのとき、君はどこに住んでいるの? その家はそんなに居心地がいいの? と尋ねられました。不意を突かれて、やや戸惑いましたが、別に隠すことでもまないのでありのままの暮らしぶりを話しました。皆さんが不思議に思っているのは、こちら(あの世)に戸籍を移しておきながら、仮住まいのはずの昔の家(今の家)に住み続けているのかが不思議なようです。
ボクがあの世の皆さんに話した内容では、到底納得がいかないようで、オヤジやお母ちゃんのことも話さないといけない雰囲気を感じました。しかし、縁は異なものといいますが、特に何かと比べて"ここかいい"という確たる理由があるわけではありません。強いていうなれば、"なんとなく、居心地がいい"のです。そんなことを話せば、何か肝心なことを隠している。たったそれだけの理由で、そんなに長くオヤジとお母ちゃんと暮らせるわけがない、とかえって要らざる疑いをもたれるのも叶わないと思いましたが、下手に説明するよりはましだと思い、それ以上は何も話しませんでした。そのあと、皆さんのお話を聞いていて、何を知りたいかが解りました。皆さんが口にするのは、「飼い主との相性」「処遇面」「溺愛」「飼育放棄」「犬の尊厳」など多岐にわたるものでした。つまり、皆さんがボクに訊きたかったのは、今の家でのボクの立場や存在をオヤジとお母ちゃんはどのように感じているのか? また、そのことかをボクがどのように受け止めて一緒に暮らしているのか? それを知りたかったのです。
現在の日本では、ボクたちをペットとして飼い、可愛がっている家庭はたしかに多いようです。しかし、その陰で、虐待したり飼育放棄をするケースも後を絶ちません。ボクはこの家に連れてこられてから、一度もそんな経験をしたことがないし、近所の友人もみなよく可愛がられていたので、あまりそうしたことは考えたことがありませんでした。だいたい、13年間オヤジやお母ちゃんと暮らしていて、怒られたことなど一度もありませんでした。でも、ボクは、こうしたら怒られるとか、そうしなければ迷惑をかけるという意識も全くありませんでした。お互いに自然体でいることが心地よかったのでしょう。ただ、もう一つ言わせてもらうとすれば、ボクの「尊厳」を守るという姿勢が一貫していました。当然ながらこれもまた、努力してそう勤めるというのではなく、ごく自然な雰囲気が備わっていたのです。ボクがこの家に来たとき、はじめはオヤジに嫌われていたようですが、それは、ボクに対する偏見や認識不足で、お互いにコミュニケーションが取れるようになってからは、今日まで良好な関係が続いています。でも、この関係が特別なものなのかどうかはわかりませんが、相棒を解消しようとはどちらからも言い出しません。