鎌先温泉 時音の宿 湯主一條
湯主一條の歴史は1,560年に遡る。初代・公家の一條長吉は、桶狭間の戦いで敗れ、京からこの地に来て刀を捨て、温泉の整備を行った。代々温泉の経営に力を注ぎ、江戸時代に仙台藩から湯主の役職を与えられている。その後明治に入って近代的な旅館業となる。大正から昭和にかけて建築された建物が現存し、本館個室料亭と土蔵は国の登録有形文化財である。現代は、大正ロマンの香り漂う空間とモダンなサービスが相まって居心地のいい宿となっている。
食事は個室料亭匠庵で。古い木造りで、部屋は床の間付きの和室。縁側には微妙に歪みの入った窓ガラスかはめられている。工業製品ではない昔のガラスである。趣ある個室で出されるのは「森の晩餐」と銘打った和食の創作料理。料理長の佐藤英雄さんは、ひと手間よけいにかけて美しく美味しい料理に仕上げる熱心さだ。佐藤さんの料理を目的に宿泊するリピーターもいるとか。ゆっくりと季節の味を堪能したい。
泊まりたいのは、露天風呂が付いた、100平米の「一條スイート」。琉球畳を敷いた8畳の和室、キングサイズのベッドを置いた洋室、特注の大きなソファがあるリビングとオープンな広い空間で、贅沢な気分が味わえる。そしてリビングに続く露天風呂。宮城県産の伊達冠石を使い、趣向を凝らした五角形の浴槽が面白い。周囲は深い森。その静寂の中で湯に身を浸せば心身ともに力が甦ってくる。部屋にこもって過ごすのもいいが「森の散歩道」と名づけられた、宿周囲を巡る歴史探訪と山野草の道をそぞろ歩くのも一興だ。600年という時の流れのなか、多くの人が訪れた足音が聞こえて来るような「時音の宿」である。