天ぷら 安住
サクッと軽い衣にホクホクした味わいの百合根。アナゴはカリッと揚げた衣の食感と油のコクにふんわりとした身の旨みが一帯となっている。「食材ごとに、まとわせたい理想の衣がある」と店主の安住兼次さん。薄め、濃いめ、「サクッと」あるいは「カリッと」。微妙な加減がここの食材の持つ香りや味わいを引き出していく。毎日お同じに揚げているつもりでも個々の食材や気候など、日によって仕上がりが違うのだという。衣に包まれて中が見えず、味見もできないため、油の音や泡の大きさ、衣の色など、感覚で仕上がりを見極める。さらに置いたときの姿形、色合いの美しさも目安だ。
安住さんは仙台の老舗割烹「三太郎」の天ぷら専門のカウンターで20年経験を積んだ。和食の道に入った20歳のころ、銀座の「天一」のカウンターに座り目の前で見た天ぷらの仕事に感動したのがきっかけ。「動きも客とのやりとりもかっこいいと思った。憧れましたね」。店を開いたのは2010年3月。三太郎時代からのファンも多く、小さな店は予約で埋まる。「完全にできたと思ったときはない。でもこれでいいと満足してしまったら終わりだと思う」。上げ台に立つ感覚を研ぎ澄ますためにも体調を整えることを大切にしている。
旬のメニューにあった丸十(まるじゅう)とは、サツマイモのことだと教えてもらった。薩摩藩島津家の家紋からサツマに掛けている。では、とそれを頼むと、厚めに切ったホクホクのサツマイモに、青白い炎がともった。グラニュー糖とラム酒の甘く芳しい香りが立ち上がる。茶目っ気たっぷりに「スイーツ見たいでしょ」と安住さん。「この時期、店内を暗くしてこれをやると喜ばれるんだ」。常連さんが、「旬のものを美味しく食べられるっていうだけじゃないんだ。人柄が楽しいから来るんだよ」とそう力説していたことを思い、大きくうなずいた。