お母ちゃんの年賀状
今年は、戌年ということもあり、お母ちゃんはボクの似顔絵を年賀状の絵柄に選びました。出来上がった力作が、ボクの幼いころの姿です。赤い蝶ネクタイをキリリとしめ、少し照れ笑いをしている表情がお母ちゃんらしく、ボクもこの家に来た頃を思い出しました。特にうまく描けたという喜びからか、オヤジに、いいでしょう!「ムサシの穏やかな表情がよく出ていると思いませんか!」と、かなり強引に思えるほどオヤジにコメント求めていました。オヤジはオヤジで、素直に喜んであげればいいものを、"これはうまく描けた"などとは決して言わない性格です。それでも、「ムサシのこと」となると、かなり不機嫌なときでも、表情が緩むことを知っているお母ちゃんは、その点を織り込み済みで、「うまく描けた」というコメントを得ようと食い下がっていた。
どちらかというとオヤジは、ボクと相棒になってからの顔の方が好きなのですが、せっかく描き上げた力作に注文を付けるまででもないし、お正月ぐらい点数を稼いでおこうということで、最大限の誉め言葉を贈りました。ところが、これに気をよくしたお母ちゃんは、オヤジの机にそのはがきのコピーを貼りつけたのです。そこには、ボクの晩年の写真がすでに貼ってあります。オヤジは一人苦笑いをしながら、これを受け入れることにしました。人の弱みに付け入るのが得意のお母ちゃんの作戦勝ちです。でも、問題の解決に行き詰った時などには、それを眺めて心を落ち着けているところをみると、案外、お母ちゃんの狙いはそこにあったのかと思われることもあります。ともあれ、ここで大勝利を収めたお母ちゃんの次なるターゲットは孫たちに向けられています。
孫たちも、お年玉を人質に取られているため、褒めないわけにはいかないようで、小さな声で、ムーちゃんに似ているねとボソボソ言っていいました。その光景は、まるでかつ丼を前にした警察の取り調べでのようでした。ボクから一言弁解させてもらうと、お母ちゃんは、もしも、逆の立場でこうした問いかけをされた場合、ほとんど躊躇せず、「上手い」とか「下手」と率直に意見を言う人なんです。これがお母ちゃんのよいところでもあり、悪いところでもあるのですが、誰に対しても、また、どんな場合でも通用するわけではないので、ボクもオヤジも時々ひやりとすることがあります。ところが、これが先代から受け継いだお母ちゃんのコミュニケーション術なのです。詳しいことは企業秘密なので申し上げられませんが、凍りついた人の心を溶かす妙薬として活用しているようです。