油麩うどん
油麩といえば、登米市の油麩丼が有名になりましたが、うどんは正月やお盆のごちそうで、来客をもてなす料理でした。昔は手打ちうどん(切り麦)でしたから、それを作る主婦にとっては大仕事でした。やがて各地に製麺所ができ、委託加工ができるようになりました。うどんを正月やお盆に食べる地方が多かったようで、ある種の縁起物でもあったようです。
今でも年越しそばなどにその伝統が受け継がれているように、「細く長く生きる」「邪霊が滑って入ってこれない」など、とろろめしと同様の縁起をかついでいたからなのでしょう。お盆の食事は精進料理ですから、豆腐や油揚げが主役でしたが、明治時代に登米市登米町地区で油麩が考案され、お盆には必ず食べるようになり、現在もその習慣は残っています。
麩を手でつくっていた時代は、水で練った小麦粉を足で踏み、さらにでんぷんを水で洗流し、主原料となるグルテンを作りました。これを棒状に伸ばして油で揚げる作業は、暑いさなかでは重労働でした。油麩は、主にうどんや味噌汁、夏野菜とともに煮物にしました。油揚を乗せたうどんはきつねうどんですが、油麩が入ったうどんはまた別の趣があります。