用意周到なお母ちゃん
たぶんお盆の真最中だったと思うのですが、いつものように、元気な声でただいまぁ...という声とともに仕事から帰ってきたお母ちゃん。オヤジとボクが、お帰りなさいと云いながら、お母ちゃんの手元を見ると、黒いキャリーバッグが目に入った。どうしたの? と聞こうとしたとき、オヤジはげらげらと大きな声で笑いだしたのです。それはどうしてかというと、そのあとのお母ちゃんの説明でガテンが行きました。お母ちゃんは今月の末、久しぶりに旅行に出かけることになっていて、その時に使うキャリーバッグだったのです。お母ちゃんはずぼらなオヤジと違いいつもばか丁寧ですから、みんなが知っていることでも一応説明しないと気が済まない性格で、長々とその訳を説明しました。それはともかく、なぜオヤジがあんなに笑ったのかはまだ謎のままです。ボクとしては、最近の暑さは尋常ではないので、もしかしたらと少し心配だったので、どうしたのか? と尋ねると、お母ちゃんは元気でいい、とだけ言うとまた笑い出しました。どうやらお母ちゃんは、オヤジが笑っている理由に心当たりがあるようです。
笑いが治まった後で、あらためてオヤジに聞いてみると、逆にオヤジはボクに質問してきました。"ムサシ! お母ちゃんが出かけるのはいつだっけ" 確かあと10日ほどさきだよな! そんなに長期間の旅行でもないのに、そんなに早々と準備をはじめなくてもいいと思わないか? つまり、オヤジの言いたいことは、旅行とお金と買い物には目がないお母ちゃんの健在ぶりが嬉しくもあり、おかしかったというわけです。なにしろ、一泊2日程度の旅行でも、事前準備を整え、海外旅行にでも行くか、あるいはこのまま... と疑いたくなるような旅支度をするのがお母ちゃん流だからです。毎日続く暑さも手伝いこのところ、少し体調を崩していたので、旅行といってもあまり気が進まないのでは、と心配していたオヤジにしてみれば、見事に期待を裏切るお母ちゃんの健在ぶりに驚いたのでした。お母ちゃんは、旅先で必要になったとき、忘れてきたとか、持ってこようと思ったが今回は使わないだろうと思い持ってこなかった、という後悔をしたくないので、バッグに入るだけ詰め込むのがいつものパターンです。
そのくせ、ホテルに入ると、今度はあまり荷物が多かったので車に積んだままだったということもよくあります。オヤジに言わせれば、こういうのは用意周到とは言わず、「夜逃げ準備型荷造り術」とでもいった方がいいとか。そう言われてみれば、二人で2、3日旅行をするときは、まさに夜逃げさながらの荷物で、そうかもしれないと納得しそうになりました。お母ちゃんのこの癖は、少なくとも4、5回生まれ変わらないと治らないとオヤジはあきらめているようです。そういえば夜な夜な夜逃げいや旅行の準備を始めてもよさそうなものですが、一向にそれらしい音が聞こえてきません。もしかすると、あのキャリーバッグはおとりで、本物はもうすでに準備万端ととのっているのかもしれません。それを確かめる方法があるのか、とオヤジに聞いてみたら、オヤジ曰く、それは簡単だよ! というのです。それは、「お母ちゃん、昨日頼んだ歯磨き粉買ってきてくれた?」と聞けばわかる。いつもなら忘れたとかそのうちにという答えが返ってくるはずだが、昨日のうちに買っておきました、と自慢げにいうとすれば、間違いなく...だよ、だって。