白石和紙工房(その2)
和紙の原料になる楮(こうぞ)には、何十種類もあり、白石でとれるのはカジノキといって、樹皮が虎斑(とらふ)模様になっているものです。細かくて長くて柔らかい繊維がとれることから、最良の和紙原料として知られています。東北では綿がとれなかったから、昔は紙の衣を着た。伊達政宗率いる仙台藩の武士たちは、派手な模様の鎧の下に紙の衣を着ていたそうです。白石の和紙の特徴の一つが、この紙衣です。昔の紙漉き農家では冬になると、亭主の着る紙衣を機織り機で織ったのだと、まし子さんは言います。
現代の"裂き織り"と呼ばれるもののことですが、当時はボロ織といって縦糸に木綿、横糸に和紙を織り込んだ。この白石和紙の紙衣、奈良の東大寺二月堂で陰暦2月に行われる行事「御水取り」の紙衣にも使われています。忠雄さんが存命の頃から、まし子さんも一緒に電車を乗り継いで東大寺まで納めにいったという。固い紙にこんにゃく糊を2回塗り、乾いたら手で縦横6回揉み崩す。そして最後にアイロンをかけてやると、人の肌のような手触り模様になる。
けばだつこともなく、冬は暖かく夏は涼しく、汗も吸う衣の材料となる。ちなみにこの紙衣は、ファッションデザイナー三宅一生氏も使っているそうです。「和紙に使うのは特殊な道具ばっかりだから、その道具を作ってくれる人がいなくなればやめなくちゃいけなくなります。昔四国には、漉く紙の寸法をいうと、それだけで簾と桁を作ってくれる職人さんがいたものだけど」。そういう人がいなくなってしまったと嘆く。以前は数千円だった同じ道具が、別の人に頼んだら10万円近くしたことも。