不幸の真っただ中で見つけた小さな幸せ
高さ7mの津波が来るので避難するようにという掛け声で始まった耐乏生活は、当然のことながら快適なものではありませんでした。しかし、思わぬ収穫もありました。というのは、こうした状況下では被害者であるという意識一色で、他から施しを受けるのが当たり前という意識が強くなり、あまり積極的に動こうとはしないもののようです。
私自身もご多分にもれず、与えられるのをひたすら待ち続けるだけで、面倒を見てくれる人を思いやる余裕など全くなかったような気がします。そんな修羅場の中で献身的に活躍する一人の女性が目につきました。後になって知ったのですが、その女性は平塚さんという方で、聞けば彼女自身も被災者で、しかも被害はかなり重いということでした。
その人のフットワークは軽やかで、てっきりプロの看護師さんだとばかり思っていました。それというのも、服装からして緊急時に相応しいスマートな身支度で、避難者に的確なアドバスをする傍ら、こちらの要望を慮り次々に的確な行動をとるので、公的機関から派遣された人だと思い込んでいましたが、実は全くのボランティアだということでした。