太田興八郎商店(3)(塩竃市)
その一瞬の鮮やかさは、丹精込めてきた醸造家だけが知り得る、諸味からの贈り物なのだ。うれしいことに、木桶の仕込み諸味の搾りたて、「生揚げ」醤油と、諸味そのものを、ほんの少しずつ味見させていただいた。生揚げは香りや味が主張せず、しかも深くやわらかく口の中で広がる。一方の諸味は、塩味も香りも強いが、確かなコクと旨みが際立つ。大豆・小麦・塩だけなのに、こんなに複雑で奥行きのある味になる。これぞ醸造の醍醐味です」と頷く。加熱していない「生揚げ」醤油の流通は難しいが、太田さんは動き始めていた。
塩竃の仲卸市場に持ち出し、新鮮な魚の刺身を付けて食べるイベントを行い、手ごたえを得たそうだ。「ほかにも塩竃には、美味しいものが沢山あります。ぜひ美食の町、塩竃に足を運んでいただきたいのです」。先祖や塩釜、そして醸造へ懸ける想いが人一倍強くうかがえる太田さん。ところがその実、塩竈とのつきあいは25年前に婿養子として入って以来、まだ歴史は浅いという。伝来の家訓などはないかと尋ねてみた。「造りでは直接言われないけれど、一緒に作業して教わったりしました。手を抜かず丁寧に、そして質素倹約」。
「義父も義母も、前の世代の様子をたくさん話してくれます」。歴代当主のこと、舟運時代の繁盛ぶり、祖父母が作った庭等々。「私はあったこともなく、体験もしていないのに、とても郷愁を覚えますね」。大田さんオリジナルのヒット作をもう一つ紹介しよう。2012年から販売して大人気の「仙台味噌ジェラート」。仙台味噌ならではの香ばしさがクリーミーなアイスと溶け合い、絶妙な味わいだ。「しおがまさま詣でのついでに、ぜひお立ち寄りください」。大田屋に継がれた"才"は、塩竈の魅力をさらに発信するべく、思い巡らせているようだった。