太田興八郎商店(2)(塩竃市)
工場の醤油蔵では、強大な木桶が圧巻の存在感を呈していた。足場に上ってみると、桶の中からふわりと芳ばしい香り。約1年半この木桶で過ごした諸味は十分に発酵・成熟。昨年11月から絞って出荷を始めたいといい、「想像以上の出来。味がまろやかで、香りが華やか。木桶の素晴らしさを改めて感じています」。醤油造りは、蒸した大豆と煎って砕いた小麦で麹を作り、塩と一緒に仕込むだけ。蔵付きの酵母や乳酸菌の作用を、木桶に住む微生物が絶妙にコントロールし発酵を促すのだそうだ。
奥の醤油蔵も案内していただいた。伝統の仙台味噌は大豆に対して、米麹5割で作るのが基本。近年は甘みを好む傾向があるため、基本を守りながらも、麹の多い甘めのすり味噌など3種類を仕込む。工場は1925年(大正14年)、当時、世界的に流行ったモダニズム建築として建てられた。壁は塩竈石が使われ、よく見ると床にはレンガが敷いてある。一角に並んでいる古い木桶は、震災の津波に遭った醤油用の木桶だそうだ。ここでは大人の胸の高さまで水が押し寄せ、全てを破壊した。外車も飛び込んできたという。
「絶望の淵から生還できたのは、全国から賜ったご支援のおかげ。木桶の仕込み醤油をはじめとして、この塩竈から美味しいものを発信し、塩竃と共に発展していくことが、皆さまへの恩返しになると信じています」。口調は穏やかだが強い意志がうかがえる。そこここに昭和の香りが残る店舗内。陳列された木桶仕込み醤油の商品名は「あさあけ」だ。「諸味を搾った瞬間の色が、海からお日様が昇る寸前の赤い空、いわゆる朝明け色にそっくりなんですよ」。太田さんの表情が和む。