日本初のセラピー犬チロリ
しばらく前に、アメリカのセラピー犬のことをお話ししましたが、今日は、日本初のセラピー犬となって活躍した「チロリ」の話です。チロリは、当時アメリカで歌手活動をしていた大木トオルさんがふとしたきっかけで、捨て犬となっていた彼女と5匹の子犬を救ったことが始まりでした。大木さんが音楽活動の合間に、一時帰国していたとき、ちょうど通りかかったおんぼろ小屋の中から、犬の声と子供たちの声が聞こえてきました。不思議に思って大木さんが小屋の中に入ってみると、チロリたちが子供たちの前に横たわっていたそうです。子供たちが言うには、大人の人に見つかると、保健所に連れていかれチロリたちは殺処分されてしまうので、こっそりこの小屋の中で面倒見ていたということでした。大木さんは、引き取り手を探しまわり、何とか子犬たちだけは引き取ってもらうことができました。しかし、チロリだけは引き取り手がないまま、保健所に連れて行かれ、あと5日の間に引き取り手が見つからなければ殺処分されてしまうという危機にありました。やむを得ず大木さんは、殺処分寸前でチロリを引き取ることにしました。
実は、大木さんは、その時すでにアメリカから何匹かのセラピー犬を預かっていたので、雑種でしかも、ひどいいじめにあった後遺症が残るチロリをそれらの犬たちと一緒に面倒見るのは難しいと考えていたからです。引き取った最初のころは案の定、他の犬たちにいじめられたりしていましたが、リーダー格の一匹が積極的にチロリの面倒を見るようになったのをきっかけに、仲間と一緒に行動するようになりましたが、体は小さく、足にも障害があるチロリはなかなかみんなと行動を共にすることができません。しかし、そんなハンディキャップをものともせず、がんばり通したのです。その姿を見て大木さんは、この犬はセラピー犬になれると確信しました。それからというもの、他の仲間と高齢者施設や障碍者施設を慰問し、その実力を如何なく発揮しました。例えば、自分では動かすことができないとあきらめていたおばあさんの手を一生懸命になめてあげたところ、自らの意志で固まった手を動かすことができるようになったこと、歩くことができなかったお年寄りが、立ち上がって、歩き出せるようになったことなど、数々の貢献をし、セラピー犬のすばらしさを世に知らしめる活躍をしました。
特に素晴らしいと、ボクも感激したことは、彼女のアイコンタクトのとり方でした。内輪の話で恐縮ですがこのことについては、わが家オヤジやお母ちゃんから、ボクも度々褒められたことがあったからです。今でこそ、ボクはオヤジとなに不自由なく話せますが、最初は、相手の眼をみて、何を言いたいのか理解しようとしていたのです。たぶんチロリちゃんも勘が鋭かったので、アイコンタクトをとることで相手の気持ちを理解していたのでしょう。そうした懸命なセラピー犬としての活躍の労うため、引退させようと思っていた矢先、チロリちゃんにガンが見つかったのです。体がほとんど動かなくなっても、セラピー活動に参加する意欲を見せる彼女に感動し、車いすに乗せて出動させたのでした。今度は、勇気をもらった大勢の人々から、大きな感謝と愛をもらいしばらくは幸せに過ごしましたが、とうとう旅立つ日がやってきてしまいました。まっすぐに大木さんの眼を見つめ、精いっぱいの感謝の意を示しながら、静かに目を閉じました。地域の人々はチロリの功績を讃え、在りし日の姿を銅像にして、毎日のように言葉を交わしているということです。おかげさまで、今ではセラピー犬は多くの人に知られるようになり、チロリちゃんの後輩たちも数多く育っているということです。