お母ちゃんとオヤジの珍道中(箱根編 その3 )
朝食の時に、腰の状態のことを話して、車に乗るときの席替えをお願いしたところ、心よく承諾していただいたので、少し痛みが軽減されたような気がしました。この日、最初に訪れたのは、五百羅漢で有名な玉宝寺でした。なるほど羅漢さんの顔はそれぞれのようですが、五百種類もあるかどうかは確認できませんでした。しかし、この寺の場所は標高が比較的低いせいか、紅葉が見事だったので、調子に乗って少し歩き回りました。これがたたって、次に訪れた大涌谷では、あまり歩くことができないうえ、風が冷たかったのですが、お母ちゃんは異常に張り切っていました。なんでも、数十年前にここを訪れたときに名物の「黒玉子」が1個しか手に入らず、それがとても残念だったというのです。今回はそのリベンジという訳でしょか。売店に向かってまっしぐらに歩き出しました。
そのころオヤジは、車に戻るにしてもかなり距離があるし、さっき、やっと上った階段を降りなければなりません。冷たい風をもろに受けながら、じっと耐えるしかなかったようです。数分後漸くお母ちゃんが戻ってきましたが、お目当ての玉子を持っていなように見えました。すると、お母ちゃん曰く、「売店では、玉子が売り切れてしまい、今補充しているところで、ゆであがるまで時間がかかるということなので、他の人にお願いして、別の売店に行ってもらっている」というのです。やっとの思いで車に戻り、みんなで玉子を食べましたが、お母ちゃんはしゃっくりが出そうになっていました。オヤジはそれどころではなかったようです。何とか危機を脱し再出発して向かったのは静岡県との県境の三国峠でした。昨日と比べると今日は曇りで、お目当ての富士山は見えませんでしたが、駿河湾が一望でき、二人ともとても満足したようです。
ここで、三国峠の石碑をバックに記念写真を撮りましょうと、お母ちゃんが言い出し、みんながそこに集合することになりましたが、オヤジは足が動かず、のけ者にされてしまったのです。それでも、みんなが可哀そうと思い、オヤジが立っている場所でもう一度、写真を撮ってくれました。次に訪れたのが箱根駅伝ミュージアムです。ここは芦ノ湖の近くにあり、1920年の第1回大会から今日に至るまでの名場面を思い出させてくれる貴重な資料が盛りだくさん展示されていました。学生時代のことなどめったに口にすることないオヤジも、思わず母校選手の勇姿にしばし見とれていました。ここを出た後も、テレビの画面で見かける風景が、次々に車窓に映し出され、しばし足腰の痛みを忘れていたようでした。昼食をとったのち小田原駅に向かい、ここで解散することになりました。こうして後悔と歓喜が入り混じった旅は終了しましたが、次なる苦難が待ち受けていました。そのことについては、また別の機会にお話しします。