オヤジの苦手な話題
ボクが旅立って間もないころは、知り合いの人に街で遭うと、決まって聞かれたのは、「ワンちゃんはどうしました?」という質問でした。この時のオヤジの心境は察するにあまりあるものがありました。ボクのことを気遣ってくれていることは嬉しいに違いないのですが、最も口にしたくない現実を告げなければならなかったからです。せっかくの好意で聞いて下さるのに、まさか、その話はしないでくださいとも言えないわけですから、顔はニコニコしながら心の中は不機嫌そのものだったようです。
時の移ろいとともに、そうした話題も次第に少なくなり、最近はめったに話題にならなくなりました。オヤジにしてみれば、少し寂しい気もしている反面、作り笑いをしなくても済むので、どちらかというと喜んでいるようですが、お母ちゃんは全く違います。むしろ、積極的にボクのことを話題にしますし、ほかの人の愛犬のことも執拗に問いただします。ところが、この方が話も広がり、時には商売に結びつくこともあるので、看板犬のボクとしてはお母ちゃんのやり方もいいと思っています。
もちろん、オヤジの気持ちもよくわかります。つい先日のことですが、仕事のことで友人に電話したとき、相手の方から思わぬ質問が飛び出しました。「ワンちゃんは元気ですか?」というのです。たぶんしばらくぶりの会話だったため、どれくらいの年月が流れたのか忘れてしまい、懐かしさのあまり、ボクが元気だったころの光景が蘇ったのでしょう。オヤジは、当惑したようですか、やはり、以前と同じように答えるしかなかったのでしょう。しかし、オヤジは、ボクが今も変わらず相棒であることを説明するのは苦手なのです。