それにつけてもテレビのCMは長い
テレビのコマーシャルが長く感じるのは、今に始まったことではありませんね。ドラマに限らず、次はどうなるのか興味深々のときに限ってCMに切り替わる。このCMタイムの時にとトイレにでも行こうものなら、戻ってくると見たいシーンが終わってしまっている。なんとも忌々しいが、無料で好きな番組が見られるのだから仕方がないと受け止めるしかないのでしょうか。テレビ番組のようなサービス商品は、その供給を受ける視聴者と料金を払う提供者、そして番組を作り映像を送る人の3者の暗黙の了解によって成り立っている仕組みです。つまり、提供者である企業は、番組を無料で提供する代わりに、自社や提供商品を消費者に対して広告・宣伝し、商品の購買を促す。そのためには、消費者が喜んで視聴するような面白い番組を提供する必要があります。一方、放送事業者は、その番組を多くの人に喜んでもらえるように番組を制作しなければなりません。もともとこのモデルは、商品自体の価格を抑えるかわりに無料にして、広告の効果を活用し利益をあげるという仕組みであると言えるでしょう。
一見複雑そうに見える広告モデルですが、小売業者が卸売業者から商品を仕入れ、その商品原価に諸経費とマージンを乗せて消費者に販売するというモデルと似ていますが、卸売業者の地位にある企業が、「良い番組を提供し、良いCMを届ける」ことによって、結果的に消費者が自社商品を購買するという形をとっています。すなわち、番組の提供企業は、「商品の売上高-製品の製造コスト-番組の制作・提供コスト-CMの放映コスト」が最大になるように目標利益をコントロールしているわけです。したがって、CMの時間が長く感じられるようになってきたということは、CMの価値が相対的に下がってきたということなるかもしれません。その理由は私たち消費者(視聴者)にもある程度理解できます。しかし、製品の製造コストや番組・CMのコストパフォーマンスの低下、それにインターネット広告など多様な広告媒体の多様化などの影響は、一方的に企業活動を抑圧するものではなく、多くのメリットももたらしているはずである。ビジネスモデルは、永遠に更新され続けるべきものですから、一度出来上がったものに固執するべきではないと思います。
色々申し上げましたが、これはもちろんオヤジのぼやきです。ボクは、殆どテレビドラマは見ないので、これまでオヤジとドラマの内容について話したことはありませんが、昨年から続いているコロナ禍で外出できないうっぷんをテレビにぶっつけているのでしょう。ボクとしてもその気持ちはよくわかります。オヤジがあまりぼやくので、ドラマの合間に映し出されるCMの数を数えてみました。少なくとも、6から7つはあるようです。そのため、始まったと思うとあっという間に終了するCMもあり、まったく心に残らないというのです。電報のように言葉を端折っただけのワードを羅列したようなものでは、CMの主たる役割である情報提供機能が果たせないのではないでしょうか。私たち消費者が有用な商品情報を受け取り、興味をもち企業に対するリスペクトを高めるようなものでなければ、広告効果が薄くなるので、結果的に購買力の増加にはつながらない。でも、中には非常にうまい広告もある。それは、CMでは要点だけを手短に述べ、「詳しくは明日の朝刊で!」といった、新聞の折り込み広告とコラボしているのもあります。とにかく、もう少し気持ちよくテレビを見せてほしいものです。