オヤジの診断結果
わが家のお母ちゃんはよく物忘れをする。アイホーンを忘れたり、オヤジの昼食の用意を忘れるなどはまだ序の口です。しかし、オヤジの診断によると、これは健忘症や認知症の類ではなく、感情と行動のアンバランスによって引き起こされる、安請合いによる「インプット不十分症候群」とでもいうべきものだというのです。つまり、相手の要望に応えたいという思いが強く、本当にそれができるのかどうかを深く考える間もなく、約束してしまうことで、結果として約束を反故にしてしまうというのが主な症状ですが、これは決して悪いことではない、とも言っています。世の中には、いろいろな人がいて、中には、忘れると困るので、約束はしないという人もいます。そういう人たちは、他の人が約束を破ったりすると、理由も聞かずいきなりきつく叱責したりします。その結果、人とのコミュニケーションが途切れることが多く、それが高じると周囲の人が徐々に去ってゆき、しまいには孤立してしまい、つまらない人生を送る結果になる。
約束を忘れるのを推奨するわけではないが、良く忘れる人は、他人の約束違反にも寛大であるため、それを欠点とは思っていないので、みんなが安心して周りに集まってくる。これが友人知人となり、やがて貴重な人脈が形成される。自分に厳しく他人には寛大な人は、みんなから尊敬はされるが、あまり好かれない。やはり付き合うのが窮屈に思うからでしょう。その点、わが家のお母ちゃんは、自分にも他人にも緩やかで、コミュニケーション能力は抜群です。初めて会った人でも、まるで100年も付き合いがある人のように会話がはずむことが良くあります。むしろ、だれもいない空間では寂しくて耐えられないのか、テレビの画面と会話しているところもよく見かけます。オヤジは、お母ちゃんの忘れ癖を欠点とは思わず、「忘却力:忘れることができる能力」として評価しています。要するにオヤジは、お母ちゃんの性格が羨ましいのです。少しぐらい嫌なことがあっても、一度吐き出せば、クリアーできるあの能力はどんなに修行しても身につかいないようです。
それにしても、忘れるというより、最初から人の話を聞いていないのはいただけません。先日も、オヤジが、「鼻血が出たのでティシュをとってくれないか!」と頼んだら、どっからでたの?とお母ちゃんが聞き返しました。するとオヤジは、「鼻血が膝小僧から出るか! そんなところから出たら、世界新記録だ」といって苦笑いしていました。でも、これが何でも気軽に引き受けられる秘訣なのでしょう。誰かから何かを頼まれたとき、その頼みごとの中に要件が3つ入っているとしたら、もっとも重要と思われるもの1つに絞り、後の2つはまた訊けばよいので、すぐに忘れてもいい浅い棚(記憶装置)の上に放り込んで終わりにするので、脳の中の本当の記憶装置の容量にはいつも空きがある。そのため、次々に約束事を増やしてしまう。それでも、誰一人として文句を言う人はいません。それどころか、一向に頼まれごとが減らないのです。"それはどうしてなんだ"なんてボクに訊かれても返事のしようがありません。こっちが逆に訊きたいぐらいです。