貞山運河:木挽堀
海と混じり合う阿武隈川河口。車を降りると、ひんやりとした空気につつまれた。朝日を背に堤防を歩くと、川と木挽掘りをつなぐ水門がある。近づいて初めて、川から堀に水が動いていることがわかった。水門の間から、堀を覗く。低い位置にある太陽がススキを照らし、影に浮かぶ松林とのコントラストが美しい。波の動きに合わせてキラキラと光る海と違って、静かだ。数多くの歴史遺産を知る司馬遼太郎さんが絶賛した、緩やかな流れ。最も古い木挽掘りは、関ヶ原の戦いの最中に開削が進行していたというから驚く。しばらく眺めて、気づけば、随分、太陽が高くなっていた。
木挽掘は阿武隈川の水を運び、やがて、増田川の河口潟である広浦と合流する。湿地帯はヨシ原が広がり、野鳥や昆虫など生き物の宝庫。昔から人々の暮らしにも身近だった。広浦を通り抜けると、木挽掘はまもなく終わりを迎える。後日、堀を船から眺める機会を得た。途中、両側にまだ小さな桜の木が見えていた。閖上で津波をかぶった桜から接ぎ木をして苗木を育て、植樹した「なとり復興桜」。真新しい堤防の向こうに、街の暮らしが垣間見える。
水門の向こうに大きな流れが見えてきた。左側には、2020年に震災の記憶と教訓を未来に伝える施設としてオープンした「名取市震災復興伝承館」がある。そのホームページには、「ふたたび、水辺とともに生きる」の言葉。ここは、木挽堀と新堀、名取川の結節点でもある。「ゆりあげ朝市」や「かわまちてらす閖上」「名取市サイクルスポーツセンター」...。春から運行予定の船は、水辺の施設をつなぎ、木挽堀も通る。やっぱり、閖上には船が似合う。