暑苦しい昼下がりの夢(その1)
夏バテ気味のオヤジは、たいした意味もなしに、お母ちゃんにメールをしていました。その内容はというと、「おらは死んじまっただ! 天国に行ってくる。日帰りで!」というものでした。その前はしばらく静かにして昼寝をしていましたが、突然大きな声で怒鳴りだしました。オヤジにどうしたのか聞いてみると、「天国に行くためにリムジンを呼び、ご機嫌で三途の川に向かった。三途の川の渡しで舟賃を払っていると、にわかに空が掻き曇り、あっという間に三途の川が決壊し、渡し船は欠航になってしまった。オヤジは、引き返さざるを得ないので、船賃を返してくれと言いました。ところが、渡し守が言うには、一旦払われた舟賃はかえせない決まりになっているというのです。そんな馬鹿なことがあるかと立腹し、しまいには、警察を呼べと怒鳴りまくりました。すると当の渡し守曰く『ここには警察もなければ、検察庁も裁判所もない、と涼しい顔でいう』。それでは、弁護士を呼んでくれ! というと、弁護士は俺だ、とその渡し守がいうのです。
いよいよ頭にきたオヤジは、『お前は三途の川の渡し守ではないか。弁護士とはどういうことだ!』と迫りました。こちらの国では、もめ事はすべて閻魔大王が沙汰するので、訴訟というものがほとんどない。そのため弁護士も開店休業なので、ここで(三途の川)で渡し守のアルバイトをしているのだという。反論する言葉が見つからなくなったオヤジは、『地獄の沙汰も金次第というのはこのことか?』と、つぶやくと、渡し守は、『そっちの国ほどではないでしょう』と、薄笑いで返した。悔しがって薄い掛布団(夏掛け)にパンチをくらわしているところで、目が覚めた」というわけです。お母ちゃんへのメールはその直後だったようです。なんとも寝覚めの悪いオヤジは、ボクに向かって「ムサシ、天国に行くのはむずかしいことなのか?」と真顔で聞くのです。なので、ボクも真面目に応えました。本当は、閻魔大王は優しい人で、袖の下などを要求することはないが、取り巻きが忖度するため、どんどんポケットが膨らみ、それを見た強欲な者たちが、「やっぱり」と勝手に解釈して、「地獄の沙汰も金次第」といううわさが広まったに過ぎない。
そうだったのか? そういえばあの先生も議員になった当初は、背広のポケットは膨らんでいなかったなぁ。それがいつの間にか横幅が広くなり、最近では背広を注文するとき、目いっぱいポケットを大きくするように指示するそうだ。それも先生本人ではなく、秘書が。ということは、あの世もこの世も大した変わりがないということか、と、オヤジはやけに物分かりのいい口調で呟いた。ボクは、こうしたとりとめもない話に終止符を打とうと思い、「そうだ! オヤジが理想とする天国などはどこにもない。だから、ボクは、あの世に住民登録をしていながら、年中この家にいるんだよ。つまり、ボクにとってもオヤジにとっても、これ以上望むべくもない理想の家なんだ(少し貧乏だけど)。だから、これからは、オヤジも天国に行ってみようなどという了見を起こさず、三食昼寝付きの生活に感謝すべきだ。ついでに言うと、掛布団には何の罪もないので、八つ当たりをしないようにしないと! 今回はお母ちゃんに内緒にしておくけど。