宮城県最古の内ケ崎酒造-その2
時が沁みこんだようなこの蔵で造られる酒は、いったいどんな味わいだろう。「目指しているのは、ゆったりとくつろいでいただけるような酒です。飾り過ぎず、薄過ぎず、味わいがあって、飲んだ後にすぐにまた『飲みたい』と思っていただけるような」。では、そんな酒を造るために大事にしていることは?と尋ねたら、意外にも「掃除」という答えが返ってきた。「精神論ではない」と言う。「雑菌や汚れは、酒造りの大敵なんです。特に、うちのような古い蔵では」。オールステンレスの蔵であれば、消毒も洗浄も一気にできて管理しやすいが、ここではそうはいかない。あらゆる場所、あらゆる道具を、人の手と時間をかけて洗浄したり、消毒したりしているという。「先代の杜氏は、『環境を整えてこそ、酒造りに集中できる』と言っていました。私も、手間をかけた分だけいい酒が造れると信じています」。その思いに応えるかのように、その蔵で造られた酒は、国内のみならず海外の品評会やコンテストでも高い評価を得ている。
2020年には「純米大吟醸 鳳陽」が、フランスで開催されている日本酒のコンテスト「Kura Master」の純米酒吟醸酒部門で金賞を受賞した。古い蔵で手間をかけて丁寧に醸した酒が、世界で高く評価されているというのがなんとも痛快だ。さらに、令和2年東北清酒品評会でも、「吟醸酒の部」評価員特別賞を受賞。今後ますます目が離せない蔵である。内ケ崎さんの酒造りにかける想いに触れたところで、いよいよ本題の酒粕について伺ってみた。「醪を搾るには、ヤブタ式、槽搾り、袋吊りなどの方法がありますが、うちの蔵では数年前から槽搾を使い、時間をかけてゆっくり搾っています」。醪から清酒を搾る際にできる副産物が、酒粕だ。強い圧力をかけて醪を搾るヤブタ式でできる酒粕(板粕)は、香りはいいが酒の味はほとんど残らない。対して、槽搾りでできる酒粕(バラ粕)は、板粕に比べて柔らかく、酒の味もしっかり残るのだそうだ。内ケ崎酒造店では、槽で搾った酒粕を手作り作業でタンクに移し、半年以上熟成させている。
このタイプの酒粕は『練り粕』、あるいはタンクに移した時に踏み込んで空気を抜くため、『踏み込み粕』とも呼ばれています。半年ほどタンクで寝かせると、酒粕が再び発酵し、独特の旨みと香りが生まれるんです」。搾りたては純白だった酒粕が、発酵が進むにつれて少しずつ色を帯び、やがて褐色に近い色合いに変わりゆく様を見るたびに、自然力のすごさを感じると内ケ崎さんは言う。そんな内ケ崎さんのおすすめの酒粕の味わい方は? 「好きなのは、ミョウガの粕漬けです。作り方はとても簡単で、4等分に切って軽く塩茹でしたミョウガを熟成粕『鳳陽 大吟醸粕』で和えるだけ。シャキシャキした食感と酒会の風味が楽しめる一品です」。相性がいい味噌と合わせて、調味料として使うのもおすすめだそうだ。滋味豊かで、飽きのこないやさしい味わいの内ケ崎酒造店の熟成酒粕。その味わいは360年もの間、地道に丁寧な酒造りを続けてきた蔵の魂が溶け込んでいるかのように感じられる。