お母ちゃんの仕事はじめ
お母ちゃんの予定は大抵1時間ほど遅れるのが通例です。特に今年はどこにも手かけられないので、仕事の段取りなどは全く考えていないようです。それでも、朝一番で洗濯機を回すことだけは忘れません。どんなに疲れていてもこれが終わらないと、食事が喉を通らないらしいのです。お母ちゃんは、この仕事ぶりを几帳面であると自分では思っているようですが、子供たちが小さい頃は、これをやらなければ、たちまち山のようにたまってしまい、結局自分でやるしかないので、こまめにやることが自然に身に付いただけ、という誰かさんの辛口批評が聞こえてきそうです。でも、世の中にはずぼらな人もたくさんいますから、それに比べたら少しぐらい自慢しても罰は当たらないでしょう。最もお母ちゃんは自慢したことはありませんが、きっと誇りに思っているに違いありません。そんなお母ちゃんに最近、もう一つルーティーンにしていることが増えました。それは、夜寝る前と朝起きたときに時間ごとの気温予想を必ず確かめることです。それも、2つのテレビ局の天気予報をみて、こういうのです。「なぜNHKと他局の気温予想が違うの?」と。
そう振られたオヤジは、「それは当たり前だ! 競馬の予想だって人によって違うのだから。全部同じなら一つでいいはずだ」と、そっけなくコメントする。お母ちゃんにして見れば、そんなありきたりの説明を求めているのではなく、せめて、「ほんとだ! よくそんなところに気がつくね」ぐらいなことは言えないのか? とでも言いたそうです。でも、ボクから見るとどっちもどっちです。オヤジは同じことを何べんも言われるのが大嫌い(そのくせ自分も結構言っている)なのに、お母ちゃんは、似たようなシチュエーションやシーンに出会うと決まって同じ話をする。それがまた何千回も聞きいたような話でも、面白い噺を教えてあげるといった口調で話し始める。あれはきっと、自動でスイッチが入るようにセットされているので、自分の意志では止められないのかもしれませんね。でも、お母ちゃんにしてもれば、そうしなければ次に進めないという気持ちもどこかにあるようなので、ボクは少し驚いたような顔をして、お母ちゃんの高揚感を妨げないように気配りをしているつもりですが、オヤジは、お母ちゃんの言葉を先取りして台無しにしてしまう。
それでも、お母ちゃんは少しもひるみません。「そうそう!よく知ってるのね!」と切り返すからまたおかしい。ここまでくると、キツネとタヌキのばかし合のようなもので、ボクのささやかな気遣いなど無用といったところです。それでも、店に一歩踏はいると、と仕事モードになり、身のこなしが滑らかになる。そのときは、まるで別人のように仕事が見えるらしい。そういえば、ボクがこの家に来る前の話だということですが、オヤジから聞いたことがあります。オヤジか店の手伝いをしていたとき、急に忙しくなりオヤジがアタフタしていたら、お母ちゃんがすごい剣幕でオヤジを怒鳴りつけたというのです。オヤジはすっかりいじけてしまい、家に帰ってしまいました。オヤジにしてみれば、素人がたまたま手伝いに行ったのだから、プロのようにてきぱきと仕事をこなせなくても仕方がないと言いたかったようです。しかし、お客様から見ればそんなことは関係ありません。ただのモタモタしているオッサンにしか見えないに違いありません。「仕事とはそういうものです」とオヤジに教えたかったのでしょうか。 まさかさんなぁ?