立ち直りが速い人
あるときボクは、お母ちゃんに「なぜお母ちゃんは、毎日そんなにマイペースでいられの、落ち込んだところを見たことがないので!」と聞いてみたことがあります。すると、お母ちゃんは、「私は、立ち直りが速いの」と応えました。いわれてみればその通りかもしれないと思う節があります。例えば、オヤジがかなりの難問に対して苦慮しているとき、お母ちゃんは、いとも簡単に助け船を出します。その答えはオヤジにとってはほとんど助けになるほどのものではないのですが、妙に説得力があります。何故かというと、普段気難しいオヤジが、「そうだなぁ-」と素直に受け入れる様子が見られるからです。でも、オヤジは悩みの全貌を話していないという後ろめたさもあり、心配してくれるお母ちゃんに敬意を表する意味で、助け船に乗ったふりをするのです。当然、お母ちゃんもそのことは十分わかっているのですが、オヤジに一応の区切りをつけさせて、頭を休ませることが目的ですから、迷わず一つの方向を示すという荒業を使っているのでしょう。ここまでは、オヤジも評価しているのですが、そのあとがいけません。
何故かというと、自分の立ち直りの速さが功を奏したと勘違いし、自分の哲学を披露し始めるからです。そうするとオヤジは、せっかく自分自身をなだめて、お母ちゃんの助け船に乗ったふりをしたのに、自分の哲学にオヤジが恐れ入ったと勘違いしていることに危機感を覚え、それは違うと忠告をする。すると、せっかく高揚感にひたっている自分を否定されたと受取り、今後、私にアドバスを求めないでくださいと言い返す。ここまで来ると状況はかなり深刻なように思われるかもしれませんが、ほんの数分で頭から血がおりはじめ、元のお母ちゃんに戻ります。この立ち直りの速さは確かにお母ちゃんの特技かもしれません。オヤジは、この特技は、立ち直りの速さではなく、開き直り上手さなのだと言います。だからいつもマイペースで難題を処理し、余分のストレスをため込まないのだという。しかし、お母ちゃん自身は、その性格を特別なものとは思ってはいないので、本人は、結構ストレスが溜まっていると思い込んでいるところが不思議なところです。でも、明日どうしようと悩んでいるはずなのに、テレビを見て大声で笑っているところを見ると、確かに並みの人間ではないと思ってしまいます。
オヤジの場合は、物事の方針を決めるとき、まずあらゆる選択肢を洗い出し、実現の可能性の薄いものをそぎ落とします。残った選択肢を同じような方法で再吟味し、選択肢を絞り込むという方法でじっくりと検討するという、かなり面倒くさいやり方を好みます。好むというよりは癖といった方がいいもしれません。でも、肝心なところが抜けていることもあるので、失敗したときはお母ちゃんからこっぴどく叱られます。オヤジにとってはそれはもう機関銃の弾を全身に浴びせられるような衝撃だそうです(これはオヤジの悪い冗談で、本当はせいぜい水鉄砲で冷水を浴びせられた程度なのですが、実に大袈裟です)。これは死んだふりをすることで、相手の攻撃を停止させるための作戦なのです。いかにもタヌキオヤジの好みそうな作戦です。片やお母ちゃんは、さすがに少し言い過ぎて落ち込んでいるかと思いきや、何事もなかったような涼しい顔で、「お父さん、ケーキ食べますか?」などという。さすがにオヤジは死んだふりをしている手前、食べるとは返事し難く、涙を呑んでいじけて見せる。後は、養生期間をおくだけで傷跡も残りません。