ご飯を食べる時は私の顔を見てください!
オヤジはご飯を食べるときお母ちゃんによく言われたそうです。"お父さん、私の顔を見ながら食べてください!"といっても、自分の顔に注目してくださいという意味ではなかったようです。というのも、オヤジがご飯を食べる時のスタイルは、一心不乱に茶碗のそこに視点を注ぎ、食べることに専念するというものでした。そこで、お母ちゃんはその癖を直そうとして放った言葉だという。お母ちゃんはおフランスの生まれで、会話を楽しみながら食事するのが礼儀と教わって育ったので、オヤジの態度には我慢できなかったのだそうです。一方のオヤジは、いつ警戒警報が出されてもいいように、食事はなるべく速やかにとるのが望ましいという教えを受けて育ったためか、食べ方の速いことと言ったら、天下一品だったと自慢げに言っているくらいですから、自分流の食事スタイルにケチをつけるとはけしからんと思い、お母ちゃんがイエローカードを出すたびに、憮然とした表情になったので、最近ではほとんど注意をしなくなったようです。それどころか、お母ちゃんは以前比べると食べるのが格段に速くなりました。
大抵のことはお母ちゃんに慣らされているオヤジですが、この頑固さのおかげでお母ちゃんは知らず知らずのうちにオヤジよりの食事マナーに馴染んできたということでしょうか。オヤジの食べ方はいかにも豪快で、ご飯を箸でつかむのではなく、箸をまるでスプーンのように使い、ご飯を口の中に放り込む。なので、普通の人が10回以上往復させる箸を2、3回で終わらせるという速さだったそうです。オヤジの同級生から聞いた話ですから本当かどうか定かではありませんが、中学の修学旅行で日光の旅館に泊まったとき、朝食の前に、旅館の主人が、歓迎のあいさつをしている間に、すでに食事を終えてしまった生徒が2人いたという。そのうちの一人が後のわが家のオヤジです。食事の後で、先生に呼ばれ油を搾られたということですが、2人は全く反省せず、旅館の主人の話が長いからだ、と口々にぼやいていたそうです。もっとも、その当時と今では時代背景も違いますから、こんな中途半端なオオグライはメディアも全く注目しないでしょう。どうせなら、ギャル曽根のようにけた外れの大食漢になれたなら、道も開けたかもしれませんね。
ところで、最近はコロナの影響で、新しい生活習慣が推奨されているようですね。その中で食事をするときの注意事項として、「食べる時はおしゃべりをしない」「相手の顔が目の前に来ないように斜めに座る」というのがありますが、これは正しく、オヤジの食事スタイルではありませんか。オヤジは数十年間虐げられた人生を振り返り、やっと正しいマナーが認められたと胸を張っていました。そういえば、食べ物を口の中に入れたままおしゃべりをするのは、オヤジが最も無作法なことだと言っていたことを思い出しました。オヤジは、食べる時は、食べることに専念し、食べ終わったら喋るというメリハリが何事にも通じる。「ながら○○」などというのがそもそもだらしない。オヤジの逆襲には、思わず眉をひそめたくなる人も多いと思いますが、少なくとも、こののち長く続くであろうコロナとの共存を前提に考えれば、"奇妙な他人の関係"になれることが自分や家族を護るためには不可欠かもしれませんね。いっそのこと、「コロナが治まるまでの我慢」ではなく、「通常のライフスタイル」にしてしまえば、それほど苦痛でなくなるかもしれません。